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 佐藤医院の開設

昭和11年10月21日、秋田県出身の佐藤信愛が佐藤診療院(のちの佐藤医院)をこの豊川の地に開設したのが、信愛グループの始まりです。この時から、豊川地域の方々との医療を通じたお付き合いが始まりました。
当時「往診」と言われた、今でいう「訪問診療」は、入院施設を持たない多くの町医者のふつうの診療方法で、佐藤医院でも当たり前に行われていました。開設当初は3床の病床を有し、内科、皮膚科、花柳病科を標榜していました。軍医としての従軍、3度の診療所移転ののちに現在の場所(国府町流霞103番地)に至りました。
佐藤信愛は、昭和39年に豊川市医師会長に就任。昭和61年には長年の医療功労により、勲五等瑞宝章を授与されました。
昭和44年より、次期院長として佐藤昌が診療を開始。新たに外科・肛門科を開設しました。
昭和53年に逝去するまでの間、副院長として佐藤医院を切り盛りしていました。
昭和61年、大石明宣(現理事長)が副院長として赴任。在宅ケアに力を注ぎはじめました。
平成8年、佐藤信愛理事長が逝去し、翌9年、大石明宣が理事長に就任しました。



 信愛会の設立・大石医院の開設

平成3年、医療法人信愛会を設立し、佐藤信愛が理事長に就任。佐藤医院は大石医院と改め、大石明宣が院長に就任しました。信愛グループとしての歩みがここから始まります。


「24時間365日連絡体制」
いつ何があるか分からない患者・利用者にとって、医療は、24時間365日体制でなければ安心できません。そこで信愛グループでは、設立当初から24時間365日連絡体制を整えていました。


「訪問看護」
当時は、まだ国から診療報酬を認められていなかった「訪問看護」ですが、地域のためには欠かせないものだったため、無償で行っていました。その後平成4年になって、国で診療報酬が認められるようになりました。
また、平成12年にスタートした介護保険制度に先駆けて、平成10年には訪問看護事業を発展させ、豊川市初の訪問看護ステーション「穂の国訪問看護ステーション」を設立しました。平成11年には「しんあいケアプランセンター」を開設。また同年には、医師を2人体制にして、24時間365日連絡が取れることはもちろん、祝日・年末年始の診療も出来るようにしました。



 一番苦しんでいる方を支えるための活動

介護保険制度によってサービスが良くなった面もありましたが、制度の隙間で苦しむ方々が生まれてしまいました。それが、常に医師の診察や看護を必要とする医療依存度が高い方々です。一番困っている方が介護サービスを断られるという事態を変えたいという思いから、「ことわらない」施設をつくろうと、平成13年6月、豊川ビジョンリサーチ例会にて共生型福祉複合施設の設立を提言しました。それが、現在の社会福祉法人明世会の始まりでした。



 在宅支援の為の施設ケアの重要性 「すべては、ことわらないために」

在宅ケアを充実させる為には施設ケアのサポートが必要です。他の施設が断るような医療依存度の高い方も受け入れる施設設備が必要となりました。そこで、医療法人信愛会として、平成16年に「グループホームみかんの樹」、「デイサービスセンターみかんの樹」、平成17年に「介護老人保健施設おとわの杜」を開設。また、社会福祉法人明世会として、平成18年に「特別養護老人ホーム秋桜の里」、「ケアプランセンター秋桜の里」を開設。平成21年には、豊川市の指定管理を受け、「あいあいデイサービスセンター」を開設。また同年、「訪問リハビリテーションおとわの杜」を開設。そして、平成23年には「ケアプランセンターおとわの杜」を開設し、システムの充実を図りました。その結果、現在ようやく高齢者については断らないで済むシステムが形になって参りました。



 超重症児・者を抱えるご家族の力になりたい

先天性疾患や未熟児で生まれてきた医療依存度の高いお子さんの母親は、24時間休む時がありません。こうした方々の負担を少しでも軽くするため、平成22年6月から「おとわの杜」で無償での超重症児・者の日中の預かりを始め、実績を積んできました。平成23年4月、「日中一時支援事業所おとわの杜」を開設し、豊川市日中一時支援事業の指定を受けました。
平成29年7月には医療型障害児入所施設である信愛医療療育センター(64床)を開設しました。



 将来のビジョン

高齢者も障がい者も安心して在宅療養できるように在宅ケアとそれを支える施設ケアの充実を、信愛グループの全職種協働のもと、図っていきたいと思っています。

そして、これから・・・、ご家族の介護負担を和らげられる医療・福祉をご提供出来る様、更なるケアの充実を心がけ、実践していきます。



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